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semスキン用のアイコン01 親沢諏訪大明神の春祭~親沢人形式三番 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 04月 07日

 かつて4月3日に行われていた親沢諏訪大明神の春祭、現在は4月第一日曜日になった。川平の鹿舞が終わると、今度は西舞台で演じられる。

 この式三番は、中央の「能楽」の《翁》を人形によって演じるもの。《翁》の原型は「父尉」=釈尊、「翁」=文殊、「三番」=弥勒をかたどったものといい、登場人物は露払いとしての「千歳」、白い翁面をかける「翁」(白式尉)、素面で登場し、途中で黒い面をかける「三番叟」(黒式尉)の三役を、親沢では人形が担当する。

 親沢では千歳を「千代」、翁を「大明神」、三番叟を「丈」と呼び、他には更に笛、鼓、大皷の楽器担当、地謡などで構成されている。

 まず「大明神」=翁の登場だ。
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 そして面箱を持った、「千代」=千歳も登場する。
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 大明神と千代が対面する。
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 そして大明神は白い面を掛けるのである。
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 今日は雪。それを喜ぶような、生き生きとした動きをする。


 最後の段は丈が登場する。
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 若々しい雰囲気の動きである。
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 途中で、黒式尉の面をかけ、三番叟らしい激しい動きになっていく。独特な鳴り物のリズムに乗って、だんだんと高まっていき、舞台から乗り出すような決めのポーズで長い舞台を終えるのである。
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 親沢では決められた役を7年間つとめるという伝承方法をとっている。7年過ぎると「おじっつぁ」と呼ばれる親方となり、後進の指導にあたり、その稽古もかなり厳格に行われておられる。今年は5年目だというような声が聞こえた。あと2年経つと、今の役者が交替となるのだ。

 こうした厳格な伝承が、200年の伝統を築いてきたのである。

 
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# by hamadasensho | 2014-04-07 23:18 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 親沢諏訪大明神の春祭~川平鹿舞 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 04月 06日

 かつて4月3日に行われていた長野県南佐久郡小海町親沢の諏訪大明神の春祭。現在では4月第一日曜日に行われている。ここでは川平の鹿舞と親沢の人形式三番が演じられてきた。今年、久しぶりに出かけてきた。

 寒い。低気圧の影響で、雪降りの春祭だ。何年か前に訪ねたときも雪の日があったが、春まだ浅い山村らしい風景である。
 午後0:30、まず川平の獅子の行列が鳥居をくぐって石段を上がってくる。
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 続いて親沢の式三番の行列が上ってくる。
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 それぞれ拝殿で拝礼、御神酒をいただく。

 そして神官による修祓があり、それが終わると、午後1:30頃から東舞台で、川平の鹿舞が演じられる。本日の演目は、(1)内神楽、(2)ぎんにゃく、(3)すり拍子、(4)天五拍子、(5)女獅子つるぎ の5つ。これを先幕という。

 
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 獅子の役は、先獅子(男獅子)、中獅子(女獅子)、後獅子(男獅子)。典型的な関東獅子といった感じ。群馬・上野村からの伝承だという。

 その他、幣負い1人、ササラ2人。
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 幣負いは、最初軍配をもつ。これは日月と北斗七星が描かれている。天体が見られるのは妙見信仰との関連だろうか。

 ここのササラは珍しい。80cmくらいの竹を切り、中央部に刻みを入れる。
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 6人で躍動的に舞う。獅子は猪型というのか、竜頭というのか、いわゆる太神楽系の獅子頭とは異なる。
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 西日本の太鼓踊りらしく、獅子が腰の太鼓をしっかりと打ちながら舞う。
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 かつて4月3日に祭りを行っていたときは、先幕をこの日に舞い、翌日の4日に川平公民館で後幕を舞う。演目は、(1)女獅子がかり、(2)満利がかり、(3)棹がかり、(4)幣がかり、(5)比良つるぎ だ。自分が初めて見たときには(5)比良つるぎ は演じられなかった。
 現在では、後先が逆となり、第一日曜日の祭りの前日の土曜日に演じているという。日程の変更後、こちらは訪ねたことがない。

 また訪ねてみたい。 
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# by hamadasensho | 2014-04-06 22:28 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 魚津市小川寺の獅子舞 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 03月 12日

 以前から気になっていた富山県魚津市小川寺の獅子舞に出かけた。小川寺とは地名で、祭りは千光寺観音堂と隣接する白山神社で行われる、神仏混交時代の名残を留めた祭りである。
 千光寺はかつて16坊あったというが、天文20年(1551年)、長尾景虎の魚津城を攻めの際に13坊が焼失したといい、存続しているのは観音堂と、心蓮坊、光学坊、蓮蔵坊の三坊だそうだ。
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 自分が訪ねた祭りは、毎年定日の3月12日の春の祭りだ。その他、10月12日の秋祭り、1月第4日曜日の火祭りなどで行われるという。

 獅子は二人立ち、そして天狗1人、ばば面2人、あねま面1人からなる。 宝永年間(1704~1710)以後に現在の形になったという伝承がある。

 祭りは午後2:00頃から、まず白山神社での神事から。
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 神職による祝詞奏上等が行われる。

 午後2:30頃からは観音堂で読経が聞こえる。そして白山社下の神輿堂前に準備された六角の神輿に、神職が鏡を遷し、修祓を行う。
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 午後3:00頃になると、白山社の石段を、獅子等の役が上ってくる。
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 まず旗を持つ子どもが出る。
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 そして天狗、ばば、獅子、あねまと続く。
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 神職に続いて、宮総代、神輿が出て行く。
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 白山社から観音堂に進むと、神輿は本堂前に置かれ、その他は時計回りに観音堂を回る。この日は雪のため、観音堂周囲の回廊を回っていった。

 まず天狗。
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 近くで見るとこんな感じ。
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 続いてばば面。
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 もう1人のばば面。
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 そして獅子。
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 面の最後はあねま面。
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 近くで見るとこんな感じ。
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 4周すると、一端観音堂の前に集まり、神輿のところで神職による修祓がある。
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 このあと3周する。これで全部で「七度半」回るということになる。新潟県糸魚川市能生の白山神社の春祭りでも「七度半の使い」という行事があり、伏木一宮の春祭りで、神輿が境内を3周するがかつては「七度半」であったという。神仏混淆のおり、仏神の行き来の時、こうした行事があったものだろうか。

 すべて済むと、再び観音堂前で修祓、ふたたび白山社前まで移動し、そこでも修祓、拝礼を済ませ、行事がすべて終わりとなる。

 しかし、獅子に頭を噛んでもらおうという参詣者が集まり、幸せを願う山里の人々の様子が何ともいい。
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 こうして午後3:30頃終わりとなった。芸態としては素朴なものであるが、神社と観音堂を往復する神仏混淆の時代の名残を見ることができる貴重なものだ。山里で絶やされることなく続けてこられたすてきな獅子であった。
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# by hamadasensho | 2014-03-12 22:06 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 松代大門踊 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 03月 01日

 長野市松代に伝わる「大門踊り」を見に行った。

 これは、かつて慶長年間、松平忠輝公が松代城主であったころ、将軍家の男子出生の祝福のために催されたという。その後、元和8年、真田信之公が上田藩から移封してから、松代祇園祭に行われ、藩主上覧の芸能であるという。
 維新後は途絶えたものの、大正10年に松代開府300年の記念に復活し、現在では例祭とかではなく、特別な機会のみに上演されている。今日は、松代公民館における松代文化祭での上演に出かけた。

 踊りは3つ。まず肴町(さかなまち)「御先(おんさき)踊り」。団扇と田楽灯籠をもった天狗の先導でスタートする。

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「御先踊り」は謡曲風な歌にのって、着物に編笠、扇を持った踊り手が舞う。
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 続いて「七ヶ町(ななかちょう)踊り」。「松原越えたヨンヤサ越えたいな」等の歌詞で始まり、テンポも速くなり、囃子歌のような歯切れのいい歌が延々と続く。
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 伴奏は、笛、大鼓、小鼓、締太鼓。本日は人数が足りなかったようだ。
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 公民館の中には、大門踊りの絵が掲げられていた。
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 松代では大切にされてきた芸能だ。


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# by hamadasensho | 2014-03-01 23:12 | 北信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 未見!若一王子祭り semスキン用のアイコン02

  

2014年 02月 17日

 北安曇の祭りへはあまり行ったことがない。この大町市の若一王子神社の祭りへは行ってみたい。
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 パンフレットの通り、子どもによる流鏑馬が有名で、よく知られている。

 摂社八坂神社の天王様から祭りが始まるのだそうだ。また宵祭りでは、華麗な「舞台曳き揃え」がいい。
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 日程:
  7月第4日曜日と前々日から(3日間)
 場所:
  大町市平 若一王子神社

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# by hamadasensho | 2014-02-17 23:04 | 北安曇のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 下呂の田の神祭り semスキン用のアイコン02

  

2014年 02月 06日

 下呂の田の神祭りが来週に開催!という連絡を、岐阜民俗音楽学会からいただく。この学会は、年に何回も例会を企画している。特に、現地へ出かけての芸能参観があって、興味深い(こちらは信州なので、なかなか行かれないが…)。

 この冬に行われるこの例会が下呂の田の神祭りだそうだ。


 自分は行ったことがないが、よく見かけるおまつりの名前だな…と思った。今年の日程では…出張かあ(涙)また、いつの日か行ってみたい。



 期日:2月13日(木)試楽祭 19:00~
      14日(金)本楽祭 8:00~
 場所:岐阜県下呂市 森水無八幡神社

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# by hamadasensho | 2014-02-06 19:51 | 民俗芸能情報 | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 和合の念仏踊り、国重要無形民俗文化財への答申 semスキン用のアイコン02

  

2014年 01月 22日

文化財分科会で、我らが信州・阿南町の「和合の念仏踊り」を重要無形民俗文化財に登録するよう下村文化庁長官に答申したという。
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 和合の念仏踊りは毎年8月13日から16日にかけての行事だ。熊野神社と宮下家、林松寺で奉納されるということで、何とも古式を備えているという。

盆行事ということで、なかなか行けないでいる。念仏踊りとは、風流系芸能とくくられてはいるが、下伊那あたりでは多様な要素も含まれているようで、やはり実物を見てみないと分からないな。

まだまだ行きたいけど行けない…そんな場所がたくさんある!
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# by hamadasensho | 2014-01-22 21:59 | 民俗芸能情報 | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 玉依比売命神社御田祭 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 01月 21日

新年初のおまつり訪問は、長野市松代町東条の玉依比売命(たまよりひめのみこと)神社の御田祭(おたまつり)へ行ってみた。
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 この神社は松代町東条の天王山の麓、「池田の宮」と呼ばれた古い神社である。相殿に牛頭天王が祀られ、松代天王祭(祇園祭)のための天王おろしをする場所だ。

 1月7日には児玉石神事、御判神事といった珍しい行事もよく知られているが、今回は6日の御田祭に行ってみた。

 当地域では武水別神社の御田祭が知られるが、正月に行われる予祝神事として御田植え祭りなどとして知られる行事が各地にある。

 神社に着いたのは13:20頃だった。今年一番の寒さという1月6日の午後、だんだん祭りに関わる人々が集まり始まる。祭りの開始は14:00からだ。

 まず、拝殿の上段で祭典が執行される。中央には3人の作男が白衣を着て座っている。来賓を含めて玉串奉典が済むのが14:40頃。そして神事が始まる。

 まず「田打ち」。
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 禰宜が「春田をうなうな~」と唱えると、「延命 小袋 打ち出の小槌」と返す。作男は、餅で作った鍬をもって、田打ちの所作をする。これを正面(北)、東、南、西、北の5方向で行う。

 続いて「代掻き」。
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 太鼓のリズムにのって、田に入り、代を掻く所作をする。周りからは「ならして~ならして~」等と声がかかる。


 最後は「田植え」。
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 これは参会者みんなで行われる。苗に見立てた松葉を手に持ち、拝殿に植えていく。禰宜が「御御倉(おみくら)の種よ」と唱えると、「一本植えれば千本になる」と声がかかる。

 この3つの場面で終了となる。最後に総代さんや作男たちが胴上げされ、一盛り上がり。そして神前で甘酒をいただいて、14:50頃にお開きだ。

 詞章らしいものはなく、かけ声のような感じ。太鼓はあるが笛等の旋律楽器は入らないので、芸能性はないが、シンプルななかに古さを感じる。行事自体が厳格に守られてきたのだという。このシンプルさと分かりやすさが、案外本来の芸能の姿なのかもしれないと感じた。

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# by hamadasensho | 2014-01-21 21:23 | 北信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 いつまで続くか!?このブログ semスキン用のアイコン02

  

2014年 01月 21日

またこんなブログを作ってみた。一応、民俗芸能にこだわったページにしてみたいなと思う。
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# by hamadasensho | 2014-01-21 20:46 | 雑感 | Comments(0)