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semスキン用のアイコン01 糸魚川市能生白山神社春季大祭2016② semスキン用のアイコン02

  

2016年 04月 27日

午前中の諸行事が終わり、時刻は13:00をまわったころから舞楽の奏演がある。地方の舞楽は珍しいが、新潟でも西側の頸城の地には舞楽の伝承がある。例えば、糸魚川市一の宮天津神社舞楽が4月10、11日に奏演される。また、8月31日、9月1日の同市根知山寺の延年にも舞楽系の芸能が行われている。

まず、最初の演目は《振舞》。いわゆる《振鉾》である。稚児二人舞。一番最初で清めの舞でもあるという。
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続いて《候礼》。稚児四人舞。《振舞》と同じく白色の上衣が印象的。
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三番目は《童羅利》。土俗的な能面とでもいうような不思議な面。体には不釣り合いな大きさの面で、五の戸という最年少の稚児が担当する。
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舞の終盤で橋掛りの途中で、振りむいて赤目をするのも可愛らしい。
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続いて《能抜頭》。大舞といい、初めての大人の舞である。
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独特な赤と黒の横縞の上衣、やはり土俗的な面は、いわゆる「抜頭」とはまるで別物だ。きびきびとした精悍な舞である。

続いて《泰平楽》。
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稚児四人舞。いわゆる《太平楽》であるが、中央の舞楽ともおとらず、鉾、抜刀等、本来の《太平楽》のスタイルを維持している。
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次は《納蘇利》。大舞二人舞。
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いわゆる《納曾利》で、二人舞のため「双龍の舞」と言われる。手には「バイ」呼ばれる「バチ」を持つ。
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そして《弓法楽》。稚児四人舞。本来の舞楽にはない演目で、弓を射る姿は神楽系からの移入だろうか。
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続いて《児抜頭》。稚児一人舞。5人の稚児のリーダーである一の戸のソロである。この時、舞台の前には保護者が相対して息子を見守る。可憐な舞であるのに、一の戸最後の舞のりりしさに、関係者でなくてもホロリとさせられる。
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そして稚児舞最後の《輪歌》。稚児四人舞。
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手には花を持ち、可憐に舞う。「児抜頭」と同じく紫色の上衣が印象的。ちょうど夕日が沈むころで、本当に幻想的であった。

そして最後の舞が《陵王》。
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舞いながら入綾のように退場する《輪歌》を迎え、全身緋色の強烈な印象の装束にシャグマ。面は確かに陵王面なのであるが異形の舞姿としか言いようにない。しかし、能生の人々は手にサカキを持ち、そのお出ましを促す。

長い橋掛りでは、七五三のタイミングで廻りながら進んで行く。今年は17:35頃登場した。
舞台にたどりついても呪術的な舞が続く。
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そして舞の前半の終了は「日を抱く手」。日本海に沈む夕日を招き返すというものだ。中央の舞楽の《蘭陵王》にはかつてはあった所作らしいのだが現行ではないという、この手が能生に残っているのはおもしろい。

さて舞台での舞が終わると、再び橋掛りに出る。日はほぼ真西。今年は特に夕日に相対し、本当に日を招き返したか!?と思わせるような雰囲気であった。
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そして、再び七五三でゆったりと楽屋へ向かう。ここで「御旅帰り」と称し、「神が乗る」と、陵王が楽屋へ飛び込む。
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これがなかなか入らない。じらされる。しかし能生の人たちは「陵王さん!まだまだ!」と声をかける。《陵王》が楽屋に入るとは祭りが終了するということなのだ。観客はサカキをたたきつけ、場を盛り上げる。

そして楽屋に《陵王》が入ると、橋掛りが取り外され、そこを通って、御旅所の神輿が拝殿に担ぎ込まれる。
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そして神が降ろされると再び、神輿を戻し、「ヤッショーイ」という独特な掛声で、祭りを閉じるのである。

今年は19:00ジャストくらいに《陵王》は入った。しかしあたりは暗い。神輿が戻されたあとは、再び町内を稚児を連れ、一同の柏手で、祭りの一切が終わりとなる。

今年も終わってしまったな。来年の4月24日は月曜日。さて来年は来ることができるのだろうか…などと思いながら、能生の祭りに別れを告げた。

 








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# by hamadasensho | 2016-04-27 21:55 | 新潟のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 糸魚川市能生白山神社春季大祭2016① semスキン用のアイコン02

  

2016年 04月 25日

毎年楽しみにしている新潟県糸魚川市能生の白山神社の春季大祭。当地では雨天順延にならない限り、4月24日の定日である。今年は日曜日だったので、気軽に行くことができた。
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前日には「夕祭」「貝渡し」「一番貝」「二番貝」といった諸行事がすでに行われている。24日当日は7:30の「一番貝」から始まる。
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町内をゆっくりと進んで行き、神社まで向かう「お上り」の行列が祭りのスタートだ。この時は、特に音楽はないが、幟、旗指物等、そして肩車された稚児が進んで行く。
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神社に着くと、鳥居の脇に、獅子連中が待ち構え、行列を出迎える。祭りへの雰囲気が一気に高まっていく。

こうして境内に着くと、舞楽が舞われる舞台上では修祓があり、同時進行で拝殿前では、行列のお出ましを促す「七度半の使い」が行われる。
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拝殿前で、神使が、社人に対して、口上を述べる。七回目の口上のあと、再び戻って黙礼をすると、まず獅子が登場する。
最初は「眠り」の舞で、静かであるが、突然笛と太鼓が入り、いよいよ獅子舞がスタートする。
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獅子は二人立ちの獅子で、ホロの雰囲気は富山など北陸系の雰囲気を感じる。
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二人ずつ交代しながら舞が続けられる。
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途中の橋では注連縄を外しながら進んで行く。
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獅子が出ると、3基の神輿、肩車の稚児、その他旗指物等が続く。
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こうして行列が境内をゆったり進んで行く。そして午後12時を過ぎると「お走り」になる。

社人の一人に「神が乗る」と、それまでゆっくり進んでいた行列が一斉に走り出す。その準備が始まる。獅子は幌を体に巻き付ける。
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稚児は袖をまくり、傘を閉じる。そして神輿を担いでいる人たち、社人たちは、袴の裾をたくし上げる。そして「神が乗る」のを待つのである。

走る!
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一気に境内を駆け抜け、楽屋横にある御旅所へ神輿を一気に担ぎ込む。観客はこの瞬間を待っていたのである。
そして一足先に楽屋にたどり着いた稚児たちはその様子を肩車からのぞむ。
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その後は供物を神輿まで届ける「供餞進」、神輿前での「修祓」などが行われる。
そして「黙礼式」が続く。まず舞台前の秋葉神社へ社人が向かう。
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そして秋葉神社で社人と楽人とが相対し、その階段に足をかけようとする。
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そして、くるりと廻り、早く振り返った方が勝ちで、豊漁と豊作を占うのである。
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こうして午前中の諸行事が終わり、午後の舞楽奏演となるのである。






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# by hamadasensho | 2016-04-25 18:54 | 新潟のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 「雨宮坐日吉神社御神事民俗文化財調査報告書」 semスキン用のアイコン02

  

2016年 04月 10日

長野県千曲市雨宮の御神事(ごじんじ)に関わる調査報告書が、千曲市教育委員会から発行された。
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国指定重要無形民俗文化財であるこの芸能は、古くからよく知られたもので、今までも長野県教育委員会等の報告書があったが、この春、2016年3月に新たに刊行となったとのことである。

頁をめくると、まず扉には写真が充実していることを感じた。
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また、絵巻等の詳細な画像も目に入る。
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また、かつての古い画像もあり、現行のものとのちがいなどが実感させられる。

本文は、こんな感じ。
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内容は祭りの現況、歴史、かつて行われていた御神事の記録など。中でも芸能の記録として、音楽の採譜もあった。
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この祭りは、現行では3年に1度の開催。前回は2014年であり、わたくしも出かけた。次回は来年、2017年の4月29日の予定である。毎年行われるものではないので、開催年にはぜひ見に行ってみたいものだ。

線翔庵「祭りの間」では、こちらに紹介!心はすでに来年の4月29日!


 

 




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# by hamadasensho | 2016-04-10 22:35 | 各種情報 | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 魚津市小川寺の獅子舞 2016 semスキン用のアイコン02

  

2016年 03月 12日

今年も3月12日の津市小川寺の獅子舞を見に行った。昨年は雪に降られたが、今年は暖かく、境内には椿が咲き始めていた。
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祭りは午後2:00頃、まず白山神社での神事か始まる。神職による祝詞奏上等があり、その後、午後2:30頃からは観音堂で読経が聞こえる。そして白山社下の神輿堂前に準備された六角の神輿に、神職が鏡を遷し、修祓を行う。午後3:00をまわると、白山社から行列が観音堂に進む。

お囃子は笛と太鼓。子どもも笛に加わっていていい雰囲気。
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太鼓は2人に担がれたものを打つ。
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獅子舞とともにカラフルな旗を持つ役の後を面や獅子が賑々しく進む。
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神輿が本堂前まで進むと、舞の諸役は時計回りに観音堂周り、あるいは観音堂の回廊を4周回る。その後、一度観音堂前に下り、神輿の脇に待機、神職の修祓を受け、再び3周。これで全部で「七度半」回るということになるという。

天狗はこのような感じ。
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続いて、ばば面2人。
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続いて、獅子。
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富山県は大ぶりの獅子頭が多いが、ここは小ぶりで二人立ちである。
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そして、あねま面。
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何とも素朴というか可愛らしいというか…。

すべてが済むと、再び観音堂前で修祓、ふたたび白山社前まで移動し、そこでも修祓、拝礼を済ませ、行事がすべて終わりとなる。

最後に、獅子に頭を噛んでもらう人が、獅子の場所に集まる。
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何ともいい光景だ。

今年の祭りは土曜日。地元の方々も多く集まって来られた。これから春祭シーズンが本格化!といったところだ。


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# by hamadasensho | 2016-03-12 23:47 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 中新川郡立山町泉の獅子舞 2015 semスキン用のアイコン02

  

2015年 11月 05日

 富山県立山町岩峅寺の雄山神社の稚児舞の帰り、立山町内で偶然出会った!泉の獅子舞。秋祭りで行われる獅子舞である。
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 呉東地方の獅子は下新川系、天狗がたくさん出て、二頭立ての獅子のイメージが強かったが、この泉の獅子は縦笛、太鼓に、鉦が入るので、氷見系のような印象だった。
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 後に調べてみると、「磯振り」「八つ節」「一足」「京振り」「倍返し」「七五三」「獅子殺し」の7つの演目があるという。これは呉西の氷見系のようである。獅子も複数の舞手が入る、百足獅子だ。
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 途中の道中では「道中踊り」が舞わされる。
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 よく調べてみると、泉の獅子舞はおよそ100年前、中新川郡上市町広野から伝えられたものだそうだ。広野といえば、当地の氷見系百足獅子の代表的なものだ。氷見系の種が、この中新川郡内で伝播したとは面白い。

 こんな道化も登場する。
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 なかなか楽しい獅子舞である。


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# by hamadasensho | 2015-11-05 23:14 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 中新川郡立山町岩峅寺~雄山神社稚児舞 2015 semスキン用のアイコン02

  

2015年 11月 03日

中新川郡立山町岩峅寺の雄山神社の稚児舞を見に行った。この神社は、霊峰立山の山頂の峰本社の雄山大神を奉じたものを、山麓の岩峅寺に社殿を建てて諸祭礼を奉仕するようになったという。その場所が、ここ岩峅寺の雄山神社・前立社壇である。
 この稚児舞は、かつて4月8日の春祭に行われていたというが、昭和56年から11月3日の秋祭に実施されているという。 

 祭り当日は、岩峅寺の公民館から移動を開始する場所へ集まり、行列が出るのが9:30a.m.。稚児の移動は肩車である。
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 宇奈月町の明日法福寺、射水市の加茂神社、富山市の中名熊野神社など、富山県内の稚児舞、あるいは新潟県糸魚川市の能生白山神社、一の宮天津神社の稚児舞楽、根知山寺の例祭などの稚児の行列と同様である。神の子を土に触れさせないという信仰からであろう。パワースポット的な雰囲気の雄山神社へ静かに移動する。
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 さて、拝殿に移動すると稚児は肩車を降り、拝殿内へ。またその他の祭典関係者とともに修祓が行われる。そして11:00a.m.から、舞台へ移動して、稚児舞が行われる。

 まず《鉾の舞》。男児2名による舞で、文字通り鉾を手に持って舞われる。
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 これは言うまでもなく、舞楽の最初の演目である《振鉾》であろう。舞楽系の民俗芸能は大抵、最初に行われる。

 続いて、女児による《浦安の舞》が挿入される。
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 男児の稚児舞は篠笛と太鼓の生の奏楽であるが、こちらは録音が流される。

 次は《小稚児の舞》。男児2名によるもので、手に扇を持っての舞である。
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 腰をかがめて扇を振る感じは、どうしても農作業をイメージさせるが、実際はどうなのだろう。結構、大きな動きの舞である。 

 次は、女児による《立山の舞》。
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 これも録音で伴奏が流される。これは立山のオリジナルである。

 最後に《大稚児の舞》。男児4名による舞である。
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 手には扇を持つ。紫地の大稚児と赤地の小稚児が入れ替わるように舞う。特に跳躍する所作が多い。
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 子どもらしく元気にジャンプすると、境内のカメラマンは一斉にシャッターを切る。

 こうして12:00前には、舞のすべてが終了となる。そして再び、肩車によって稚児が移動し、公民館で終了となる。

 立山といえば修験道の山でも知られる。現在、雄山神社は修験道色、仏教的要素は排されており、《浦安の舞》や《立山の舞》のような巫女舞も挿入され、神道系の芸能に見える。しかし、稚児舞を有するところでは、案外修験道色が見え隠れする。雄山神社では、行列の移動時には法螺貝が登場する。
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 何とも修験道らしい、荘厳な雰囲気さえ醸し出す。すると、現在では稚児舞と巫女舞が同居しているが、本来は別なものであったことが分かる。ちなみに、2つの女児の舞は昭和の初期に取り入れられたという。
 越中の稚児舞も奥が深そうだ。

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# by hamadasensho | 2015-11-03 22:28 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 郡上市白鳥町為真白山神社の大神楽舞 稽古!? semスキン用のアイコン02

  

2015年 09月 27日

 郡上市白鳥町の白鳥神社秋祭りへ行った。すると、為真白山神社を通りかかると、何だか賑わっていたので思わず停車。行ってみると、10月3、4日に祭りがあるのだそうだ。そしてどうも稽古らしく、衣装こそ私服だが、あとは本格的な雰囲気で始まった。
 まず先頭は「露払い」だな。
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 幣束や天狗と思われる役、ささらをもったおかめ、そして道化が登場する。

 そして、目立つのが奴。
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 5人の奴が華麗に毛槍をさばくのが見ものだ。賑々しく登場する。

 そして獅子。郡上独特の大神楽ならではの獅子。
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 また、大神楽独特の鼓打が続く。
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 6人が軽快に囃子を奏する。小鼓が入ると何とも雅やかな感じがする。「6」という数字も気になる。

 そして囃子に欠かせないのが笛と太鼓。笛は案外荘重な感じ。
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 上田あたりの三頭獅子でも聞かれる「おかざき」の旋律が確認できた。なかなか面白い。
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 また太鼓も独特。鋲打ちの大太鼓と、締太鼓が並ぶ。大人が着くが、童子も打つ。これも大神楽らしい。

 さらに大勢の「田打ち」が珍しい。
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 「田打ち」というと豊年予祝のイメージ。収穫の秋にも鍬をふるうんだ!と思った。これは為真独特なのかな?

 後で分かったのだが、為真の祭りは5年に1度だという。本番へは行かれなかったが、何だか楽しかった。またいつか訪ねてみたい。 

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# by hamadasensho | 2015-09-27 23:49 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 上田の夏祭り2題 semスキン用のアイコン02

  

2015年 07月 05日

 上田市塩田地区の祇園祭の記事が「広報うえだ」7.1 の「市内の伝統行事」(無形文化財)のコーナーに掲載されていた。
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岳の幟
●日時 7月12日(日) 午前8:10頃~
●場所 夫神岳から別所温泉街
 

保野祇園祭
●日時 7月18日(土)午後3:30~・19日(日)午後3:00~
●場所 長野県上田市保野
●内容/場所 遷宮行列/塩野神社~保野公民館(18日は塩野神社発。19日は保野公民館発)
       ささら舞い・獅子舞/保野公民館(18日)、塩野神社(19日)

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# by hamadasensho | 2015-07-05 00:45 | 各種情報 | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 上田市真田町上原の三ッ頭獅子 2015 semスキン用のアイコン02

  

2015年 05月 19日

天正11年の上田城築城の地固めに舞ったという、城下の常田獅子、房山獅子。その原型と目されているのが真田町上原の三ッ頭獅子だ。真田昌幸公が上田に移る前、真田の庄にいたころの御屋敷の地固めに舞ったという。
 かつては豊年の年の秋祭りでしか演じられなかったようだが、現在は祝祭行事のようなときに要請され、舞われるようだ。今回は真田町御屋敷公園のつつじ祭りでの演舞に出かけた。

 時刻は11:00。御屋敷の下方の桝形に集合し、皇大神社の鳥居前までまず練り込む。最初に箒を持った二人の先払いが先導し、団扇振りがアクロバティックに進む。そして御神酒役が、三宝に載せた御神酒をもって進む。その後は、鮮やかな白衣の祢宜の姿が登場。
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 大きく足を振り上げながら進んでいく。
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 千曲市雨宮の御神事の練り込みの御行事の足さばきを想起させる、独特な進み方だ。

 そして、華やかなのが団扇振りだ。
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 担当は二人で、一方が大団扇をかざしながら進んだり戻ったりする所作をしながら進む。そしてもう一方は幣束を持ち、交代しながら進んでいく。
 
 そして主役の三頭の獅子が出る。獅子頭は素朴な雰囲気の風流系一人立ち三匹シシ舞の系統だ。
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 続いて、鬼面を着け、鉦を叩く三天王。
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 奏楽は笛と太鼓。
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境内でも先払いが掃き清める。
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 広く場所を取られたところで、大きくダイナミックに舞う。
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 そして舞が終わると、境内を斜めに進んで、拝殿左手に進んで行く。行列の最後は、七夕のような笹持ちが最後を行く。
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 最後は拝殿前で、手打ちで終わる。
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 上田を代表する常田、房山の原型と目されるが、祢宜が幣をもつあたりは、房山に似た感じである。上田の川西、塩田平の三頭獅子は「雌獅子隠し」が多い中、この三地区は独特だ。すると、その更に原型が、真田氏の動きから群馬・中之条町や沼田城下あたりから運ばれたとすればロマンがある。いつか群馬も訪ねてみたいものだ。



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# by hamadasensho | 2015-05-19 00:21 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 千曲市雨宮の春祭 2015 semスキン用のアイコン02

  

2015年 04月 29日

 千曲市雨宮の雨宮坐日吉神社の春祭が4月29日に行われた。
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 いうまでもなく「御神事踊」で知られる春の祭り。「御神事踊」は3年に1度に行われる。最近では2014年に行われた。「御神事踊」のない年でも祭りは行われている。

 時刻は10:00a.m.、拝殿内で神事が執行される。
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 白衣に白袴の氏子中が集まっておられた。

 一方、神社境内に隣接する「大宮集会所」では「三拍子」が準備をしている。「三拍子」とは御歌、御笛、そして太鼓である。
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 そして11:00a.m.頃、「三拍子」が《雲場》を奏しながら、神社へ向かう。本来は街道筋まで出てから進むようだが、本日は時間の都合上、ショートカットして鳥居へ向かう。そして出迎えを受けてから、拝殿前へ向かっていく。
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 拝殿前に着くと、「三拍子」による奉納が始まる。「御神事踊」のときのように《みそぎ》《こおろし》《踊り仕舞》まで一通り奏される。
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 太鼓の独特な足さばきで優雅に舞われる。笛や歌も本番さながらに奏される。
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 こうして、お昼前頃までの奉納が終わると、拝殿にて参拝の後、終了となる。

 しかし、雨宮はその後がいい。社務所で直会が行われる。ここまでなら普通なのだが、その宴の終盤になると「お慶びの御盃」が上がる。つまり主賓に対して盃を差し上げるが、その時の「お肴」として「御神歌」が上がるのだ。いわゆる「めでためでた」の祝い唄である。そして盃を酌み交わす。
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 そしてお返しもある。この日の「お肴」は《雲場》であった。
 
 この一連の「お慶びの御盃」の行事が松代藩の領地内では「北信流」として、今でも行われている。そして「お肴」は謡曲の「小謡」である。主客が変わって盃を差し上げるのは、信州人の宴会の定番「万歳」の伝統になっているのではないか。
 ただ雨宮では「お肴」が「小謡」ではなく、「御神事」で歌われてきた《御神歌》や《雲場》なのだ。松代藩と雨宮の御祭礼との関係は昔から言われている。祭礼の日には、雨宮から行列を組んで、松代場内で「御神事踊」を演じたのだそうだ。そんな松代との関係から、雨宮の盃事と「北信流」との関係を知りたいものだ。




 

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# by hamadasensho | 2015-04-29 22:59 | 北信濃のまつり | Comments(0)