ぐるっと!民俗芸能トリップ!

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semスキン用のアイコン01 軽井沢町熊野皇大神社の神楽2017 semスキン用のアイコン02

  

2017年 10月 15日

 以前から気になっていた北佐久郡軽井沢町峠町の熊野皇大神社の神楽を見に行った。5月15日と10月15日に祭りがある…程度の情報しか持っておらず、とりあえず行ってみようという感じの訪問だ。
 この神社は長野・群馬の県境をまたぐ神社として知られており、長野側が熊野皇大神社、群馬側が熊野神社という。
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 建物は大元の熊野大社と同じく三社からなっている。
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 実はこの神社の春祭は上州が取り仕切り、秋祭りは信州が取り仕切ることになっている。ちなみに春は若葉祭り、秋は紅葉祭りと呼ばれているようだ。

 時刻は午前11:00から始まる。進行は信州側で、祝詞や拝礼等は信州側から始まり、続いて上州側が執り行っていた。この神事が約1時間、最後に信州、上州それぞれの宮司の拝礼で一切が終わる。
 その後、12:00から神楽が行われる。通常は拝殿前にござを敷いて、その前で行われるのだそうだが、今日は秋の長雨で、信州側の神楽殿で行われることになった。
 
 まず、「浦安の舞」。中高生2名の女子によって可憐に舞われた。
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 続いて、神楽が始まる。まず「散米の舞」から。
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 白色の面をかけ、四方に米を撒く。

 続いて、「烏の舞」。
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 黒色の烏天狗面と白色の狐面が登場する。
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 途中で、参拝者には餅が撒かれる。お神楽ならではの暖かな光景。こぞって餅を拾っていた。今回は12:45頃に終了となった。

 帰り際に、少しお話をお聞きしてみた。神楽は上州と信州では行う方が違うとのこと。信州側は軽井沢御神楽保存会が組織されているとのことだった。7演目あるのだそうだが、今日はその内の2演目を演じたとのことであった。

 上州を含めて関東にはこうした神楽が多いが、信州側ではそれほど多くの伝承はない。この軽井沢の神楽も関東系の神楽の流れであろう。いつか全演目を見てみたい。

 







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# by hamadasensho | 2017-10-15 17:46 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 佐久市湯原神社の式三番2017 semスキン用のアイコン02

  

2017年 09月 24日

9月最終日曜日。佐久市湯原神社の式三番に出かけた。ここはかつて南佐久郡臼田町であった。湯原神社の秋祭りは昼過ぎから。その後、式三番は午後1:30から1時間ほどの奏演だ。

 稲刈りが始まりつつある山村。
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 集落の奥にある湯原神社へ向かう。
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 ここへ初めて来たのは大学生の時だった。そして、2004年に来て以来、実に13年ぶり、3回目の訪問だ。

 まずは♪とうとうたらり…という意味不明な呪術的な詞章によってスタートする。そして露払いの千歳の舞から始まる。
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腰をかがめる所作は農耕の様子を表すと見られている。
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 そして白尉面の翁面により、荘重に舞われる。
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 独特な所作によって舞が進行する。

 翁が退場すると、三番叟が登場。まず直面。
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 そして黒尉面をかけ、千歳との対面となる。
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 最後は、鈴の段。独特な足さばきによる舞が続く。
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  久しぶりに出かけた湯原の式三番。約1時間に及ぶ舞は午後2時半頃終わりとなる。湯原神社は山間にあり、特に大鼓の音が周囲にこだまするように響き渡ったのが大変印象的。

 また出かけたい祭りだ。


 


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# by hamadasensho | 2017-09-24 19:33 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 佐久穂町高野町の祇園祭2017 semスキン用のアイコン02

  

2017年 07月 29日

南佐久郡佐久穂町の高野町の祇園祭に来た。佐久穂町でもかつて佐久町と呼ばれた土地。
江戸時代、甲斐の徳川綱重、綱豊父子の支配下にあった南佐久地域は、甲府徳川領にあり、高野町には陣屋がおかれた。また五街道が整備されたころ、六斎市や馬市が開かれ、交通の要所として栄えたという。


当祇園祭は7月27日が宵祭り、28日が本祭り。それに先立って、高野町諏訪社に祀られるスサノオノミコトを神輿に遷し、町内には6か所に松と注連が張られる。この祭りは、東町、相生町、翠町、柳町の4町から屋台が出され、お囃子を奏しながら練り歩くことで知られる。

今晩は宵祭り。1800頃までに、4町の屋台がお囃子を奏しながら柳翠区民センターに集まる。

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そこで「天王さん」と呼ばれる神輿を祀り、修祓式がある。

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4町の若衆も神事に加わる。

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そしていよいよ1830頃から屋台巡行が始まる。

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趣きのある高野町の通りを、賑やかにお囃子を奏しながら進んで行く。


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お囃子の種類は町内によってちがいがあるようだが、7~8曲があるそうだ。楽器は笛、締太鼓、大太鼓、大鼓、小鼓、三味線が用いられる。人手不足もあるのだろうか、すべての楽器が揃わないところもあるようだが、若衆は口唱歌やもともと歌われてきた歌を歌い、賑やかに巡行する。


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国道141号を横切り、千曲川にかかる栄橋を渡り、東町付近に4町の屋台が集結して20:00からお囃子の競演会が始まる。実際は21:00にかかっていたようだ。お祭りは予定時刻どおりには進行しない。


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お囃子の曲名は確認できなかったが、江戸端唄でおなじみ《十日戎》は初めて習う曲であるとのこと。道中では、「富士の白雪ゃノーエ…」の歌詞で歌われる《ノーエ節》、新民謡《祇園小唄》は、自分でも分かった。各町内で伝承される曲名は知りたいものだ。


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さて、各町内の競演が終わると、再び各町へ囃子を奏しながら戻り、2300には終了するようだ。


翌日の本祭りは、1250に区民センターを出発し、町内を巡行、各町では「〆切」を行いながら進んで行くという。夜には千曲川河畔で花火大会もある。最後は諏訪社まで行き、2200頃にスサノオノミコトにお帰りいただく還御式を行って終了とのこと。

今年の地元紙に、東町で若い女性2人が三味線にチャレンジするという記事が目に入った。記事によれば、昨年の祭りでは三味線を弾く方がなかったところ、さみしいとの声に応えての挑戦のようだ。師匠とともに3人で三味線を弾く姿があった。三味線と鳴り物のアンサンブルはとてもいいものだ。

今回は宵祭りのみの見物だったが、次回は本祭りも見に行きたい。また、各町内のお囃子についても知りたい。




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# by hamadasensho | 2017-07-29 17:53 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 魚津市小川寺の獅子舞 2017 semスキン用のアイコン02

  

2017年 03月 12日

今年も富山県魚津市小川寺の獅子舞に出かけた。春祭は毎年3月12日の定日なので、今年は日曜日であった。
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 数年前は寒くて雪が降った年やみぞれだった年もあった。しかし、今年は暖かく、気持ちのいいお祭り日和となった。しかし、遠い高い山々には雪が見える。
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 さて、祭りは白山神社での神事を終えた後、読経が続く千光寺へ向けての行列からだ。獅子を先導する奇怪な面を着けた役が進んで行く。
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 六角形の神輿が神官の祓いに導かれてついてくる。
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 観音堂に来ると、時計回りに行列が廻っていく。
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 雪のある年は回廊を廻るが、今年は外を廻って行った。

 まず天狗。
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 ばば面。
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 そして獅子。
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 静々とあねま面が行く。
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 芸能的な部分は1時間ほど。あっという間に終わってしまうので、いつもまともな画像を撮ることができないな…。

 素朴で愛らしささえ感じさせる小川寺の獅子。これから本格的な春祭シーズンが到来!
 

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# by hamadasensho | 2017-03-12 18:46 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 DVD「大島山瑠璃寺の獅子舞」 semスキン用のアイコン02

  

2017年 02月 04日

伊那谷の屋台獅子の源流と言われている瑠璃寺の獅子舞。下伊那郡高森町にある天台宗の古刹・瑠璃寺に伝承されている。
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 この獅子舞は4月第2土・日曜日に行われている。自分も、何年か前に一度出かけただけ。今日、久しぶりに瑠璃寺を訪ねたところ、売店で獅子舞のDVDが置かれていた。
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 また、久しぶりに見に行きたいものだ。


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# by hamadasensho | 2017-02-04 17:59 | 各種情報 | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 第21回富山県小矢部市の獅子舞大共演会 2016 semスキン用のアイコン02

  

2016年 06月 06日

小矢部市の獅子舞祭りの日に、小矢部市商工会館前で大共演会が行われる。12:00~16:00の予定、来賓も大勢迎え、かなりの賑わいだ。

さて、まず中下飯田鍛冶町獅子方若連中の演舞。
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力強い演舞で、観客のテンションも一気に上がる!

続いて、石動西部こども園の演舞。
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かわいい!とにかくかわいい!こんなに小さいころから獅子舞に参加していることが、富山の獅子舞の盛んな理由の1つだなと思った。それにしても指導者や先生方に敬意を表したい!

その次は、観音町獅子方若連中の演舞。
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さまざまな演目を披露していただく!

次は、特別招待、石川県金沢市浅野町校下獅子舞保存会の演舞だ。
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はじめて見た加賀獅子。とにかく獅子頭が大きい。お囃子に三味線が入り、《金毘羅舟々》が印象的だ。

さて続いて、島分獅子方若連中の獅子舞。
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珍しい親子獅子ということで、富山らしい大きな獅子と小さな獅子頭とが出る賑やかなもの。小獅子は曲芸的な舞を披露してくれた。

次は、特別招待獅子、長野県阿智村の黒丑舞だ!
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長野県民なのだが富山で初めて見た。獅子というか牛なのだ。「黒丑舞」=くろうしまい!という語呂もうなずける楽しい舞だった。

さて、お次は愛鉄町獅子方若連中の演舞。
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赤シャツの若者たちが元気よく舞う。わたくしが小矢部で見た初めての獅子方さんだ。なかなかの熱演。

最後は、小矢部獅子方若連中の演舞。
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他の地区は氷見系で見かける縦笛が多いが、こちらは横笛だった。笛の名人がおられるようで、大変笛の旋律が際立っていたのが印象的。舞もいろいろ取り入れているようだが、今日は射水系などで見る松明の舞が印象的だった。

約4時間のイベントであったが、短く感じた。また、最初観客が多く、その内減るのかな?と思いきや、とんでもない。最後まで獅子舞を楽しむ観客の数は減らない。さすが獅子舞王国富山は、演じる方の熱意だけでなく、見る方の熱意もものすごいことがよく分かった。

 








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# by hamadasensho | 2016-06-06 17:38 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 富山県小矢部市の獅子舞祭り 2016 semスキン用のアイコン02

  

2016年 05月 29日

久しぶりの富山の獅子舞見物。小矢部市の獅子舞祭りに出かけた。
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5月末の土日、観音寺大威徳祭といった地元ならではの祭りとともに、小矢部市による大共演会が行われている。小矢部には80か所以上の伝承地があり、氷見や新湊、高岡に負けない獅子舞の盛んな土地柄だ。

さて、わたくしが出かけたのは日曜日。イベントとしての獅子舞フォークラリー等の行事は10:00から。また獅子舞大共演会は12:00スタートである。そして地区内では、それぞれ町廻しが行われている。

まず目に入ったのは愛鉄町から。
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黒塗りの獅子頭、獅子方さんは赤いポロシャツで揃えておられ、さわやか。

続いて吉田町。
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やはり黒塗りの大きな獅子頭。

その後、中、下飯田、鍛冶町に出会った。
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ここは赤い獅子頭であった。これも印象的だった。

あちこちで獅子舞の笛や太鼓が聞こえる。時刻も12:00をまわり、獅子舞大共演会の会場へ行ってみる。



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# by hamadasensho | 2016-05-29 21:53 | 各地のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 上田市真田町上原の三ッ頭獅子 2016 semスキン用のアイコン02

  

2016年 05月 15日

天正11年の上田城築城の地固めに舞ったという、城下の常田獅子、房山獅子の原型と目されている真田町上原の三ッ頭獅子。NHK大河ドラマ「真田丸」人気で盛り上がる上田市真田町の「つつじ祭り」での演舞が、今年もあるということで出かけた。

時刻は11:00。御屋敷の下方の桝形に集合し、皇大神社の鳥居前までまず練り込む。先払いが先導し、団扇振りがアクロバティックに進む。
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そして全身白色の装束の祢宜。
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鳥居前までは足を大きく外側に出すように練り込むが、鳥居から拝殿前までは片足で飛び跳ねながら進んで行く。 
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そして三頭の獅子が入ってくる。
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大きな口が特徴で朱塗りの一見愛らしい獅子だ。
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その後、鉦を打ちながら舞う三天王が入ってくる。
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上原では3人の大人だが、常田や房山では6人の児童になる。

三頭の獅子は縦列になったり、三角形の位置に立ったりしながら、上体をかがめ込むような所作が印象的だ。
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ここの獅子は歌がつく。

♪御門の脇の ごん桜 黄金花も 咲いたとな

この歌詞が道行や入場の際に歌われる。この歌詞は常田、房山はもちろん、上田市川西地域、塩田地域の三頭獅子に付随する「ささら踊り」にも歌われる。またその旋律は、何となく各地のお囃子等にある《岡崎女郎衆》に似た感じもする。

獅子の楽を奏するのは篠笛、太鼓、歌揚げだ。そして行列の最後は笹持ちが着く。
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こうして、伝統の三ッ頭獅子の演舞が終わった。この獅子は本来秋祭りに出ていたというが、一時中断した後、例祭では舞われないと聞いていた。しかし今年も5月の「つつじ祭り」の機会であったが、上演された。こうした形で見物できるのはとてもうれしい。

 




 



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# by hamadasensho | 2016-05-15 19:06 | 東信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 木曽駒ヶ岳神社太々神楽 2016 semスキン用のアイコン02

  

2016年 05月 03日

3年ぶりの木曽・上松町、駒ヶ岳神社太々神楽を訪ねた。例年、5月3日の定日である。
上田を5:30a.m.頃出て、御柱祭・里曳きが始まる気配の諏訪地方をかすめ、岡谷I.C.から高速で伊那まわり、権兵衛峠経由で木曽路入り。上松へは7:50a.m.着、上田からは2時間半弱のドライブだ。

上松町は、まだ雪の残る山々が印象的な静かな山里。
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集落内でもやや高台に位置する神社まで歩いていく。
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9:00a.m.には、拝殿内で祭典が行われる。わたくしは拝殿内の舞台に近い位置に座って、見学することにした。
さて祭典の後は、湯立神楽が執行される。そして、9:50頃から神楽が始まった。

まず〈岩戸開舞〉。鉾を振るもので4人の舞である。
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続いて〈御神入舞〉。白衣の神司1人の舞。榊を恭しく捧げながら舞う。
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続いて〈病気平癒幸神舞〉。文字通り、病気平癒の祈願とお礼の舞であるという。4人舞で、鈴や扇を持って優雅に舞う。
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4座目は〈神代御弓舞〉。1人の舞で、弓矢を持ち、呪術的な所作をしながら舞う。
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その後は〈陰陽津賀井舞〉。2人舞で、入れ替わりながら舞う。鈴と扇を持つ。
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続いて6座目は〈豊年神子舞〉。4人舞で2本の扇を持つ。
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その次は〈六神行事〉。6人舞で、笹束と鈴を持って舞う。
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これが終わったのが11:30a.m.過ぎ。今年はここで休憩時間となった。

午後は00:30p.m.頃から再開。〈岩戸別神鈿舞〉である。まず翁が登場。
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続いて、柄杓と檜扇を持った鈿女が登場。
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この2人で問答がある。

続いて、人気の舞〈四神五返拝〉だ。
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白い鼻高面、白の上衣、白袴といった白ずくめの舞手が4人が登場する。
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四方に向かって舞う動きが基本的なようである。
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抜刀を持つのも修験道らしい雰囲気がいっぱい。
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集まるカメラマンが一斉にフラッシュ!自分はその光をいただいてシャッターを押す!何だか不思議な画像になっていた(笑)

続いて〈通常津賀井舞〉。2人舞。「通常の舞」ともいうそうだ。
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次は〈大宝舞〉。弓を持った曽儀と、杵を持った大宝の2人舞。問答がある。
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次は〈止雨武多井舞〉。雨を止ませ、晴天を祈願する舞だそうだ。4人舞で2本の扇を持つ。
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そして13座目。〈三剣舞〉。白鉢巻、白の上衣、たすき掛けの3人舞。まず鈴と笹束で舞う。
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そして抜刀で舞い、3人が入れちがっては跳躍する勇壮な舞である。
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最後は「だんばらい」といい、2刀の刃を持って激しく舞う。
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これも勇壮なものであるが、修験道のイメージをほうふつとさせる舞である。

こうして3:00p.m.にはちょうど終わった。午前約2時間、午後約2時間30分、舞の演目は13座、合計4時間30分に及ぶ神楽である。これはまた訪ねたい神楽だ。

 







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# by hamadasensho | 2016-05-03 22:22 | 木曽のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 糸魚川市能生白山神社春季大祭2016② semスキン用のアイコン02

  

2016年 04月 27日

午前中の諸行事が終わり、時刻は13:00をまわったころから舞楽の奏演がある。地方の舞楽は珍しいが、新潟でも西側の頸城の地には舞楽の伝承がある。例えば、糸魚川市一の宮天津神社舞楽が4月10、11日に奏演される。また、8月31日、9月1日の同市根知山寺の延年にも舞楽系の芸能が行われている。

まず、最初の演目は《振舞》。いわゆる《振鉾》である。稚児二人舞。一番最初で清めの舞でもあるという。
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続いて《候礼》。稚児四人舞。《振舞》と同じく白色の上衣が印象的。
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三番目は《童羅利》。土俗的な能面とでもいうような不思議な面。体には不釣り合いな大きさの面で、五の戸という最年少の稚児が担当する。
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舞の終盤で橋掛りの途中で、振りむいて赤目をするのも可愛らしい。
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続いて《能抜頭》。大舞といい、初めての大人の舞である。
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独特な赤と黒の横縞の上衣、やはり土俗的な面は、いわゆる「抜頭」とはまるで別物だ。きびきびとした精悍な舞である。

続いて《泰平楽》。
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稚児四人舞。いわゆる《太平楽》であるが、中央の舞楽ともおとらず、鉾、抜刀等、本来の《太平楽》のスタイルを維持している。
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次は《納蘇利》。大舞二人舞。
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いわゆる《納曾利》で、二人舞のため「双龍の舞」と言われる。手には「バイ」呼ばれる「バチ」を持つ。
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そして《弓法楽》。稚児四人舞。本来の舞楽にはない演目で、弓を射る姿は神楽系からの移入だろうか。
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続いて《児抜頭》。稚児一人舞。5人の稚児のリーダーである一の戸のソロである。この時、舞台の前には保護者が相対して息子を見守る。可憐な舞であるのに、一の戸最後の舞のりりしさに、関係者でなくてもホロリとさせられる。
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そして稚児舞最後の《輪歌》。稚児四人舞。
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手には花を持ち、可憐に舞う。「児抜頭」と同じく紫色の上衣が印象的。ちょうど夕日が沈むころで、本当に幻想的であった。

そして最後の舞が《陵王》。
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舞いながら入綾のように退場する《輪歌》を迎え、全身緋色の強烈な印象の装束にシャグマ。面は確かに陵王面なのであるが異形の舞姿としか言いようにない。しかし、能生の人々は手にサカキを持ち、そのお出ましを促す。

長い橋掛りでは、七五三のタイミングで廻りながら進んで行く。今年は17:35頃登場した。
舞台にたどりついても呪術的な舞が続く。
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そして舞の前半の終了は「日を抱く手」。日本海に沈む夕日を招き返すというものだ。中央の舞楽の《蘭陵王》にはかつてはあった所作らしいのだが現行ではないという、この手が能生に残っているのはおもしろい。

さて舞台での舞が終わると、再び橋掛りに出る。日はほぼ真西。今年は特に夕日に相対し、本当に日を招き返したか!?と思わせるような雰囲気であった。
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そして、再び七五三でゆったりと楽屋へ向かう。ここで「御旅帰り」と称し、「神が乗る」と、陵王が楽屋へ飛び込む。
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これがなかなか入らない。じらされる。しかし能生の人たちは「陵王さん!まだまだ!」と声をかける。《陵王》が楽屋に入るとは祭りが終了するということなのだ。観客はサカキをたたきつけ、場を盛り上げる。

そして楽屋に《陵王》が入ると、橋掛りが取り外され、そこを通って、御旅所の神輿が拝殿に担ぎ込まれる。
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そして神が降ろされると再び、神輿を戻し、「ヤッショーイ」という独特な掛声で、祭りを閉じるのである。

今年は19:00ジャストくらいに《陵王》は入った。しかしあたりは暗い。神輿が戻されたあとは、再び町内を稚児を連れ、一同の柏手で、祭りの一切が終わりとなる。

今年も終わってしまったな。来年の4月24日は月曜日。さて来年は来ることができるのだろうか…などと思いながら、能生の祭りに別れを告げた。

 








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# by hamadasensho | 2016-04-27 21:55 | 新潟のまつり | Comments(0)