ぐるっと!民俗芸能トリップ!

senshoan.exblog.jp

ブログトップ

semスキン用のアイコン01 カテゴリ:北信濃のまつり( 4 ) semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 千曲市雨宮の春祭 2015 semスキン用のアイコン02

  

2015年 04月 29日

 千曲市雨宮の雨宮坐日吉神社の春祭が4月29日に行われた。
b0312880_22214985.jpg
 いうまでもなく「御神事踊」で知られる春の祭り。「御神事踊」は3年に1度に行われる。最近では2014年に行われた。「御神事踊」のない年でも祭りは行われている。

 時刻は10:00a.m.、拝殿内で神事が執行される。
b0312880_22213188.jpg
 白衣に白袴の氏子中が集まっておられた。

 一方、神社境内に隣接する「大宮集会所」では「三拍子」が準備をしている。「三拍子」とは御歌、御笛、そして太鼓である。
b0312880_22220766.jpg
 そして11:00a.m.頃、「三拍子」が《雲場》を奏しながら、神社へ向かう。本来は街道筋まで出てから進むようだが、本日は時間の都合上、ショートカットして鳥居へ向かう。そして出迎えを受けてから、拝殿前へ向かっていく。
b0312880_22222069.jpg
 
b0312880_22223545.jpg
 拝殿前に着くと、「三拍子」による奉納が始まる。「御神事踊」のときのように《みそぎ》《こおろし》《踊り仕舞》まで一通り奏される。
b0312880_22224922.jpg
 太鼓の独特な足さばきで優雅に舞われる。笛や歌も本番さながらに奏される。
b0312880_22234034.jpg
b0312880_22235282.jpg
 こうして、お昼前頃までの奉納が終わると、拝殿にて参拝の後、終了となる。

 しかし、雨宮はその後がいい。社務所で直会が行われる。ここまでなら普通なのだが、その宴の終盤になると「お慶びの御盃」が上がる。つまり主賓に対して盃を差し上げるが、その時の「お肴」として「御神歌」が上がるのだ。いわゆる「めでためでた」の祝い唄である。そして盃を酌み交わす。
b0312880_22240401.jpg
 
 そしてお返しもある。この日の「お肴」は《雲場》であった。
 
 この一連の「お慶びの御盃」の行事が松代藩の領地内では「北信流」として、今でも行われている。そして「お肴」は謡曲の「小謡」である。主客が変わって盃を差し上げるのは、信州人の宴会の定番「万歳」の伝統になっているのではないか。
 ただ雨宮では「お肴」が「小謡」ではなく、「御神事」で歌われてきた《御神歌》や《雲場》なのだ。松代藩と雨宮の御祭礼との関係は昔から言われている。祭礼の日には、雨宮から行列を組んで、松代場内で「御神事踊」を演じたのだそうだ。そんな松代との関係から、雨宮の盃事と「北信流」との関係を知りたいものだ。




 

[PR]

by hamadasensho | 2015-04-29 22:59 | 北信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 千曲市雨宮の御神事 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 04月 29日

 2014年4月29日、3年に一度行われる千曲市の雨宮の御神事があった。前回の2011年は東日本大震災のために中止となり、実に6年振りの祭りとなった。
 ここの祭りは古い歴史があり、独特な扮装の獅子踊り、怪奇な面を着けた踊り手、そして田楽を感じさせる鍬の役、風流系の太鼓踊りなど、様々な要素が複合化された感じである。しかも三拍子と呼ばれる笛、太鼓、御歌にのって、シンメトリカルに位置した場所で、同時に別々の振りによる踊りが繰り広げられる。何とも風雅なものである。

 祭りは雨宮坐日吉(あめのみやにいますひえ)神社を中心に行われる。予報通り、天気は曇り空。しかし、時折太陽も見え隠れ。
b0312880_22591540.jpg
 この祭りで重要な役となるのが御行事(おんぎょうじ)だ。踊りのメンバーを率いて登場するその姿は威厳に満ちている。地区内を触れ回る町太鼓に迎えられるように、御行事宅から鳥居前まで進み、踊り手の集合を待つ。
b0312880_23005261.jpg
 鳥居前で御行事が「呼び上げ」をすると、境内に進み、やがて猿田彦面を着け、高歯の下駄をはき、「練り込み」となる。
b0312880_23054033.jpg
 独特な足の踏み方は何なのだろう。足を大きく上げ、左右に広げるようにのっしのっしと進んでいく。「かつては一本歯だったな」と地元の人は言う。何年前のことだろう。お祭りは変化がつきものだ。

 拝殿前で整列し、いよいよ踊りになる。神社前では「朝踊り」と「城踊り」が行われる。
 
 太鼓踊りは、伴奏としての太鼓だけではなく、華麗な踊りを見せてくれる。
b0312880_23093698.jpg
 御鍬は、もっとも田楽芸らしい踊りで、農耕儀礼らしさを感じさせる。
b0312880_23120502.jpg
  中程には「中踊り」「児踊り」といった子どもの踊りがつく。何とも可愛らしい稚児の舞だ。
b0312880_23143281.jpg
 周りには何とも独特な面を着けた六大神が小鼓をもって踊る。
b0312880_23162419.jpg
b0312880_23174019.jpg
b0312880_23193624.jpg
b0312880_23215385.jpg
 そして、雨宮の最大の特色である獅子。2頭の陽獅子、1頭の陰獅子、1頭の宝珠獅子の計4頭が、四隅で踊る。
b0312880_23222144.jpg
b0312880_23245830.jpg
 神社で二座の踊りが終わると、踊り手は若宮社へ移動する。その後、若宮での踊り、北町、御旅所で踊られる。ちなみに移動時は「雲場」という曲が奏される。
 
 一方、神社では神輿の出発に先立って神事があり、お慶びのお盃があがり、武者が出る。
b0312880_23261115.jpg
 こうして地区内を移動した後、再び鳥居前に戻り、再び「呼び上げ」があり、「御立ち会い」となって、獅子に貼られた紙を取り合う「化粧落とし」が行われる。
 この頃から雨がかなり降ってきた。なかなかきびしいコンディションになっていく。
 
 そして時刻は18:00をまわる。この祭りでの最大の見せ場、「橋がかり」だ。場所は生仁川にかかる斎場橋の上に踊り手が進んでいく。橋の上では踊りがあるのだが、“遠江 浜名の橋の下行けば”という歌詞になると、4頭の獅子が宙づりになって、橋の欄干から川面へ下りていく。
b0312880_23345556.jpg
 そして、身をよじるように水面をかく。何とも勇壮なシーンだ。
b0312880_23351719.jpg
 見物客も、早い時間から場所取りをして待っていた。今年はあいにくの雨模様になってしまったが、それを忘れさせてくれるような感動的なシーンだ。
 
 そして最後の神社、橋から山手に向かう位置にある唐崎社へ行き、「山踊り」という踊りになる。化粧落としの後、水面をかいた獅子によって踊られる。
b0312880_23355856.jpg
 こうして、御神事踊りが終わるのだ。

 唐崎社を下りて、再び「雲場」の曲で、祭列は日吉神社まで還御する。鳥居前では「御立ち会い」に行ってから境内へ行っていく。境内では、太鼓の早打ちの合図で、駆け足で3周をする。
b0312880_23362184.jpg
 こうして、それぞれの役ごとに拝殿で礼拝し、すべて終了となる。

 なかなか大がかりな祭りだ。しかし準備から祭りの後まで、とても丁寧である。雨宮の人々の意気込みが素晴らしいひとときであった。






[PR]

by hamadasensho | 2014-04-29 23:59 | 北信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 松代大門踊 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 03月 01日

 長野市松代に伝わる「大門踊り」を見に行った。

 これは、かつて慶長年間、松平忠輝公が松代城主であったころ、将軍家の男子出生の祝福のために催されたという。その後、元和8年、真田信之公が上田藩から移封してから、松代祇園祭に行われ、藩主上覧の芸能であるという。
 維新後は途絶えたものの、大正10年に松代開府300年の記念に復活し、現在では例祭とかではなく、特別な機会のみに上演されている。今日は、松代公民館における松代文化祭での上演に出かけた。

 踊りは3つ。まず肴町(さかなまち)「御先(おんさき)踊り」。団扇と田楽灯籠をもった天狗の先導でスタートする。

b0312880_18500678.jpg
「御先踊り」は謡曲風な歌にのって、着物に編笠、扇を持った踊り手が舞う。
b0312880_18473578.jpg
 続いて「七ヶ町(ななかちょう)踊り」。「松原越えたヨンヤサ越えたいな」等の歌詞で始まり、テンポも速くなり、囃子歌のような歯切れのいい歌が延々と続く。
b0312880_18494039.jpg
 伴奏は、笛、大鼓、小鼓、締太鼓。本日は人数が足りなかったようだ。
b0312880_18475686.jpg
 公民館の中には、大門踊りの絵が掲げられていた。
b0312880_18480605.jpg
 松代では大切にされてきた芸能だ。


[PR]

by hamadasensho | 2014-03-01 23:12 | 北信濃のまつり | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 玉依比売命神社御田祭 2014 semスキン用のアイコン02

  

2014年 01月 21日

新年初のおまつり訪問は、長野市松代町東条の玉依比売命(たまよりひめのみこと)神社の御田祭(おたまつり)へ行ってみた。
b0312880_21165211.jpg
 この神社は松代町東条の天王山の麓、「池田の宮」と呼ばれた古い神社である。相殿に牛頭天王が祀られ、松代天王祭(祇園祭)のための天王おろしをする場所だ。

 1月7日には児玉石神事、御判神事といった珍しい行事もよく知られているが、今回は6日の御田祭に行ってみた。

 当地域では武水別神社の御田祭が知られるが、正月に行われる予祝神事として御田植え祭りなどとして知られる行事が各地にある。

 神社に着いたのは13:20頃だった。今年一番の寒さという1月6日の午後、だんだん祭りに関わる人々が集まり始まる。祭りの開始は14:00からだ。

 まず、拝殿の上段で祭典が執行される。中央には3人の作男が白衣を着て座っている。来賓を含めて玉串奉典が済むのが14:40頃。そして神事が始まる。

 まず「田打ち」。
b0312880_21172427.jpg
 禰宜が「春田をうなうな~」と唱えると、「延命 小袋 打ち出の小槌」と返す。作男は、餅で作った鍬をもって、田打ちの所作をする。これを正面(北)、東、南、西、北の5方向で行う。

 続いて「代掻き」。
b0312880_21181064.jpg
 太鼓のリズムにのって、田に入り、代を掻く所作をする。周りからは「ならして~ならして~」等と声がかかる。


 最後は「田植え」。
b0312880_21205867.jpg
 これは参会者みんなで行われる。苗に見立てた松葉を手に持ち、拝殿に植えていく。禰宜が「御御倉(おみくら)の種よ」と唱えると、「一本植えれば千本になる」と声がかかる。

 この3つの場面で終了となる。最後に総代さんや作男たちが胴上げされ、一盛り上がり。そして神前で甘酒をいただいて、14:50頃にお開きだ。

 詞章らしいものはなく、かけ声のような感じ。太鼓はあるが笛等の旋律楽器は入らないので、芸能性はないが、シンプルななかに古さを感じる。行事自体が厳格に守られてきたのだという。このシンプルさと分かりやすさが、案外本来の芸能の姿なのかもしれないと感じた。

[PR]

by hamadasensho | 2014-01-21 21:23 | 北信濃のまつり | Comments(0)